コラム ホモロー 第1回 :アダ名の話

2018.06.01

SPOT SKATEBOARDINGの開設、誠におめでとうございます!!

 

まだまだアングラなイメージが払拭しきれていないスケボーですが、これからこのコラムを通じてスケボーに興味をもってもらえたり、楽しんでもらえるように、ほんまに微力ながらお手伝いします。どれぐらい微力かというと、風邪気味で鼻詰まってるときに食べるポン酢なしの湯豆腐の味ぐらい。ほんまに微力、ごくごく薄味で恐縮です。ちなみに湯豆腐は、学生時分、晩飯に出たら、「濃い(味の)もん出せや」って反抗期丸出しにしてたのに、35歳越したころからめっちゃ好きです(拝啓オカン、あのときはごめんなさい)。

 

「そうです、わたしがホモローです」

 

さてと、「ホモロー」という奇天烈なアダ名がいきなり出てきて、なかには「アダルト系やろか?」って困惑される方もいると思うので、簡単な自己紹介をします。

 

スケボーしている方のなかには、若干名ご存知の方がいて下さってるでしょうか? 「森中一誠」という少し名の知れた青年が京都におりまして……。彼とその愉快な仲間が所属するローカルを公私ともにサポートし、駄菓子屋的な立ち位置で、スケボー関連の商品を販売する自称“スケボー屋さん”の店長です。あと、京都スケートボード協会なるものに籍をおかせて頂き、京都のスケボーシーンを陰で支えてきました(支えられてるんやろか?)。要は、加齢臭ただようただの構いたがりのオッちゃんです。

 

勘のいい読者の方はそろそろお気づきだと思いますが、僕の駄文は昔から無駄に長く、読み終えても何も残りません。見た目は天下一品のラーメン(京都発祥の元祖こってり系)。後味はさっぱり爽快なスプライトみたいなスタイルで書いています。

 

現在は、老いと怪我により、スケボーで無茶のできない身体にはなっていますが、下積みから数えると20年以上スケボーの販売の仕事だけをしている身ですので、スケボーをものすごく愛しています。ベアリングの回転音で白飯2杯は食えるぐらい愛してます。削れたトラックの傷跡でナンを4枚食えるぐらい愛してます。「第一印象から決めたました」って大声でシャウトして右手を差し出すぐらい愛してます。

 

要は骨と身、ブラッド、スウェット、アンド、ティアーズのすべてをスケボーに捧げて生きてる、ただのヲタです。ただのキモいスケヲタです。ですので、よくよく考えたらスケボーの話題しか書けないので、そこんとこ夜露死苦系で皆様にお届けできれば幸いかなと思っております。

 

これから駄文を寄せさせて頂くにあたり、あらかじめお断りさせて頂きますが、いかんせんヲタなんで気持ちの悪い妄想へ飛ぶことが多々あるはずです。

 

通信簿の英語は最高で「2」やったので、欧米のスケボー情報収集は必死のパッチ! そのうえ、スケボー業界内にスパイを配備してるわけでもないですから、「◯◯らしい」程度の情報収集から妄想をパンパンにしてます。なんなら「らしいって言うてる奴が“いたらしい”ってのを聞いたことがあるかも?」程度の情報収集力で書いていきますので、間違ってることも多々あると思います。間違っていたら、当SPOT SKATEBOARDINGに正しい情報提供をいただけましたら、僕だけものすごく喜びます。

 

やっと本題

 

さて、天一風スプライトの炭酸が抜けつつあるこのあたりで、やっと本題です。

 

谷村新司さんはチンペイ、堀内孝雄さんはベーやん、矢沢透はキンちゃん。3人合わせて、つかみかけた熱い腕を振りほどいたのは、アリス!

 

えーと、チンペイさんって何か「チン◯イ」って書いただけでものすごく淫靡な感じになるんで、あだ名の由来が気になって調べてみたんです。

 

「新司(しんじ)」がなまって「チンジ」になって、「チンペイ」になった進化説。チンペイさん自身がいつもサングラスをしてたので、サングラスを絶対外さなかった国会議員の名前(野末陳平)をまんまパクった擬態説。この2説があるみたいなんですが、なんだか妙に2説以外であってほしいと、切に願ってしまいました。

 

所変わってスケートボードの世界。とくにストリートの場面では相手の名前を知る前に一緒に滑り、アフタースケートのコンビニ前のチルなシーンではじめて名前を聞くってこと多くありません? んで、名前を聞いたら、ガスガス攻めた漢臭い滑りやったくせにすっげー優雅な名前だったり、超テクニカルな滑りやったのに仮面ライダーに変身しそうなイカつい名前だったり、はたまたアダ名を聞かされて「ああ、やっぱり」みたいになったり……。

連載の第一回は、スケーターにまつわる「アダ名」の話です。

 

「トニー・ホーク」はアダ名?

 

「名は体を表す」なんて言いますが、スケートボードをしてらっしゃる方なら、まずはこの方を思い浮べるんじゃないでしょうか。

 

TVゲームにもなったプロスケーターのトニー・ホークさん。彼の名前は「ホーク」、つまり鷹ですね。バーチカル(ハーフパイプ)上で長身を生かした鋭く冴えるトリックバリエーションは、まさに鷹。意外に知られていない彼の本名は、アンソニー・フランク・ホーク。実はホークが本名で、トニーがアダ名なんですね。ホークといえば日本にもその名を背負った、男性のみに異常に有名な“鷹”がおられますが、ここでは割愛しますね。

 

スケートボードの世界には、さまざまなアダ名やニックネーム、ミドルネームをもつスケーターがいて、その名を世に轟かせています。

 

塀の向こうにいる“ワニ”

 

現在も塀の向こうで殺人事件の罪を償ってる、マーク“ゲーター”ロゴウスキ。80年代に活躍したバーチカルのカリスマであり、反逆者のイメージを売り込み、一時代の頂点を極めたスーパースター。

 

 

僕も小さいころであまり情報を得られない時代だったので不確かではありますが、“ゲーター”は、たぶんワニを意味するのでニックネームだと思われます。リリースされていた彼の関連商品はすべてゲーター名義でしたし、マーク・ロゴウスキという本名は、お恥ずかしながら彼が逮捕されてはじめて知りました。それぐらい、当時のスケートシーンではゲーターの名で通ってたと記憶しています。そのアダ名が象徴するように、警察を殴ったり事件を起こしたりする獰猛で暴力的な振る舞いが人気を集め、スケートカルチャーのアイコンのような存在になりました。

 

技も奇天烈だが、アダ名も奇天烈

 

お次は、水道管の上にオーリーで飛び乗ってクルクル回る奇天烈トリック“ナタススピン”の発明者。

 

 

現在でもリッチー・ジャクソンが発展トリックにトライしたり、そのまんま真似するスケーターも数多くいたりするぐらい伝説的なトリックですが、このトリックを考案したプロスケーターの名前がまんま”ナタス”カウパスさん。アダ名がトリック名として広く知られています。これまた情報の少ない時代だったので、ずっと本名だと思ってましたが、「ナタス・カウパス」は英語で「Natas Kaupas」と書き、「Natas」は反対から読むと「Satan(悪魔)」になるので、おそらくアダ名の模様。本名なら、アメリカ版の悪魔ちゃん命名騒動ですね。

 

男の中の漢から、蜘蛛男、トカゲの王様まで……

 

「The MAN」を自ら名乗ってた男気満点プロのジョン・リーブスさんや、「The Kid」を名乗るジェイソン・アダムスさんは、怖いほどの意気込みを感じますね。なかでも傑作なのが、現在もKrooked所属のプロとして活躍するダン・ドレホーブルさん。噂では、ブランドオーナーに「蜘蛛を食ったらサポートしたる」と言われ、ホンマに蜘蛛を食ったので、デビュー当初は「スパイダーマン・ダン」と名乗っていた時代がありました。

 

世界で最も権威のあるスケボーメディア「THE BERRICS」のオーナーのスティーブ・ベラさんも、信仰上の理由なのかなんだかよくわかりませんが、最初は“ヨギ”と名乗ってた時代があったと淡く記憶しています。

 

他にもまだまだあります。現在でも「Doors」の影響を受けてるのか、トカゲの王様名義で活躍中のリザード・キングさん。探すスポットが屋根の上説濃厚のアーロン・ホモキさんは、あのサメの名作映画のようにスポットを食い荒らすことから「JAWS」。滑らかな滑りと自身のパートに使われたSadeの曲名から「スムース・オペレーター」と言われてるチコブレネスさん。

 

意外に見過ごしがちなのは、単に省略してるパターン。セバスチャンを縮めてセボとか。ウォーカー、マイク、ロブ、トムなんかも実は略してたりします。移民の方のなかには母国語では良い意味でも、レマン湖とかキンタマーニ高原やエロマンガ島みたいな感じで、英語では卑猥な意味になってしまうので変名してる方も多くおられるみたいです。

 

古き良き日本のアダ名文化

 

そしてここ関西でも、大阪ひいては日本のスケートボードシーンを支えていらっしゃるパイオニア的存在のヴェニス様やアメリカン様、チョッパー様など、日本のスケボー界でも、アダ名をお持ちで、アダ名で通っていらっしゃるお方がいます。

 

僭越ながら、今取り上げさせて頂いた御三方は、僕より1つから3つぐらい歳上の超尊敬する先輩様ではありますが、まぁ同年代。この時代を振り返ると、全国的にスケボーの上手い人から名前を覚えて頂ける、もしくはアダ名を与えて頂けると1ランクアップみたいな風潮があったように思います。

 

最近、日本の小学校では、イジメにつながるとして校則でアダ名を禁止している学校も多いと聞きます。確かに僕が小さいころも「メガネ」に「天パ」に「出っ歯」とか、身体的な特徴からガサツなアダ名をつけられてる子もいましたし。生理現象をもよおしただけで「ゲロ」とか「ウンコ」とか、残酷極まりないのもありました。

 

僕もアダルティなアダ名を背負い、そんな経緯をもつ1人なので、未熟な子たちを預かる学校が一律の規則を出したがる気持ちは理解できます。僕自身、超ぉおおお~青かった青春時代に、手もつなげないようなウブなデートさせてもうてるところを、知り合いに見つけられて、新京極の商店街のド真ん中で「そこのホモローこっち向け!」って呼ばれたことがありますから。痛いほど、その気持ちは分かります。

 

ホモローの系譜、そして小室さんへ

 

なぜ、ホモローなんていうアダ名が付いたのか。あれは今から、30年ぐらい前の話しです。

 

当時、小学生だった僕はマジでいつも緑色のTHRASHERの帽子をかぶっていたので、スケボーの上手い地元のお兄ちゃんから“緑の帽子”と呼ばれていました。自分はそれがイケてない呼ばれ方っちゅう理解に乏しく、ただただアダ名が付いたことに喜んで、舞い上がって、仕舞いにはいちびって(イキがって)しまって。上下関係もまったく理解していないガキの分際で、そのスケボーの上手いお兄さんに、おもっくそタメ口で「なぁ~、オーリー教えて~な」と言うてしまいました。

 

ちょうど、唐揚げを召し上がっておられた上手いお兄さんは、一切僕に目を向けることなく、軟骨部分まで丁寧にきれいに召し上がられた後に、(僕には相当長い時間に感じたけど、実際は3秒ぐらいかな)教室で先生に怒られた時の軽く1万倍は厳しい目でニラみつけて、唐揚げの骨を僕に投げつけられました。そして、完全にひるんでいたところを、おもっくそグーでドツかれました……。

 

当時、ビデオもYoutubeもまったく何もない時代。そもそもスケボーしてる人も少ないなかで、ドツかれた上手い人の滑りを見ないと、どんな練習をしたら良いのかまったくわからないわけです。けど、お気に入りの緑の帽子をかぶって見に行ったら絶対にまたシバかれるし、でも見ないといけない……。そんな葛藤にさいなまれること数ヶ月、中学生に上がってちょっと大人になった僕はひとつの答えを出します。

 

それは、スケボーの格好せずに、隠れてスケボーの上手いお兄さんたちを覗き見したらバレへんやんっていう安直MAXな作戦。超絶馬鹿中学生の僕は、この自称画期的作戦「必殺! 学校の帰りに制服(学ラン)のまま、木陰に隠れて上手いお兄さんたちの滑りを隠れて見てから、他の場所で練習をする大作戦」を決行することに。

 

いやまぁ、コレがおもしろいほどバレへんねん。上手い人たちを覗き見しまくり。トリックも見れるし、どんなデッキ使っていらっしゃるかも見れるし。まさにピーピング天国のウィンウィン状態。夏だろうが冬だろうが、毎日毎日下校時に、木陰に隠れてスケボーの上手いお兄さんを見てから、他の場所で練習する。そして、数年の月日が流れ……。

 

長い期間ずっと見ててもシバかれへんし、完全にバレてへんと信じ切っていたのです。ところがどっこい、実はその逆。上手いお兄さんたちの間では、シバかれておかしいスイッチ入った緑の帽子のガキが、スケボーもやめてしまって、毎日毎日学ラン着て俺ら見に来とるで……ってことに。「ほら、今日も見とるで」と。「てか、誰かに告白しようと思っとるんちゃうん?」という噂まで立ってしまっていたのです。

 

最近、最終回となったとんねるずのバラエティ番組が、当時の若者の間では空前の人気番組でした。番組内では、仮面ライダーのパロディコントである「仮面ノリダー」を木梨さんが演じたり、故・マイケルジャクソンさんが飼ってたお猿さんのバブルス君に扮してコントにしたり……そんなさまざまな人気コーナーのひとつに、石橋さんが演じる保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)、略して「ホモオ」というキャラクターが確固たる地位を築いていました。

 

最近、この保毛尾田保毛男が復活というかたちでTVに再登場して賛否両論を巻き起したことで、若い人でもご存知かもしれません。数十年前の話ですから、今みたいにそのような事柄に対しての見識や配慮も乏しい時代です。しかも、お兄さんといっても高校生ぐらいの年齢。子どもって残酷なところがありますよね。

 

こうゆうことになったわけです。

 

男(僕)が隠れて、毎日男の俺たちを見て告白しようとしとる=ホモ男→TVの人気キャラとカブるので「ホモ太郎」にするか→なんか言いにくくね?→“太”を抜いてみるか→ほんで「ホモ郎」にするか。

 

つまり、上手いお兄さんとお話はおろか、目すら見れないほど憧れてたにもかかわらず、ずっと「ホモ郎」と呼ばれ、キモいから知らんぷりされてただけでした。そんなこんなで、おかしい角度から、あんまりうれしくない1ランクアップの称号を手にしたのです。

 

それから約30年位かな。嫌で嫌で仕方なかったアダ名ですが、時が経つにつれて慕ってくれる歳下の子もできはじめ、いつしか「ホモ郎くん」になり、なんか欧米っぽく字面もええし「HOMORO」になり、ローマ字を日本語読みして「ホモロー」に至ります。今では、息子ほど歳の離れた子たちからは、「ホモローさん」って呼ばれるのですが(呼び捨てで全然ええのに)、その子らの親御さんのなかには聞き間違えて「小室さん」って呼ばれる方もおられます。「いや、わて、ホンマはホモロー言いまんねん」って訂正すんのもなんなんでそのままになってたり。

 

しかも、自分だけにとどまらず、いつもホモ郎と一緒に滑ってた同級生は「オカマちゃん」と名付けられ、ホモ郎の横でモーレツにコケただけで「アタ郎」とか強烈なとばっちり食らってしまった友達もいてます(ごめんなさい)。

 

アダ名もスケボーの楽しさ

 

そんな僕ですが、それでも今、進んでスケーターの子たちにアダ名を付けているんです。ただ一応断っておくと、イジメや不快感を煽るようなことを助長したいのでは決してありません。一緒に仲良く滑ってる仲間に対して、良識あるセンスは必要になりますが、アダ名で呼び合うのもスケボーの楽しさだと僕は思ってるんです(自分自身が、人の名前を覚えるのが東洋一遅いのもある)。

 

スケボーの世界に学校のような規則はありません。ちょっとしたアダ名ひとつとっても、そのスケーターがリスペクトされている背景が隠されていたり、本人の強い個性やビジョンがあったりすると思います。そしてなにより、アダ名で呼び合えば、スケーター仲間としての距離を一気に近づけてくれると思います。

 

あなたの住んでる街のローカルスポットでも、アダ名で呼ばれてる先輩様おられませんか? 歳が離れてたら少し怖いかもですが、アダ名の由来を聞いてみたら、先輩様方が切磋琢磨なさってきた地元の古き良きスケートシーンのお話を聞けるかもですね!

 

 

ちなみ、このコラム書いてる時に、オンタイムで上がってきた上の動画にも、海の向こうのアダ名文化を強く感じました。

 

 

第一回はここまで。皆様にご挨拶の品もなんもなくて恐縮ですが、お店にお越し下さいましたら、お店のシールぐらいは差し上げます。ですので、このコーナーはどうか老害の戯言と思い、流し読みで構いませんので、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

 

 

 

追伸

僕に唐揚げの骨投げてグーでドツいたK先輩。今はすっげー有名なアーティストになられましたね。K先輩、僕は今もさすがに学ランではないですけど、ネット回線のプロバイダあたりの影に隠れて、貴殿の活躍をネットピーピングして応援しております。

敬具

 

【プロフィール】

荒川雄介 Yusuke Arakawa

1976年1月18日生まれ。長年、京都のローカルシーンを牽引してきたSUN FLOWERのライダーであり、BOARD WALK SPORTS KYOTOの店長。豊富なスケートの知識で、数多くのスケートビデオの制作にも携わっている。

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