INTERVIEW:スケートボードアカデミーって? 山﨑勇亀が伝えたい、残したいこと。
2018.11.22
プロスケーター、プロスノーボーダーとして第一線で活躍してきた山﨑勇亀。
雑誌やDVDなどのメディアで数多く取り上げられ、その活躍は今も多くのスケーターに影響を与えている。
そんな彼も今や46歳。てっきりスケートもほどほどに校長として忙しく業務をこなしているかと思えば、話を聞けばまだまだ現役。
今でも動きのキレやトリックのレパートリーは健在。そして何より、生粋のスケーターであることが嬉しかった。
今回はそんな彼のインタビューをお届けします。
ー自己紹介をお願いします。
山﨑勇亀です。
PSJスケートボードアカデミーの校長をしています。
ーこのPSJスケートボードアカデミーのことを教えてください。
今は子供から大人まで約300人ほどがスクールの生徒としています。
初心者から大きなコンテストに出ている子たちまでいるので、ビギナー、A、B、C、D、エキスパートと、さまざまなレベルのクラスがあって、スクールの場所も4ヶ所あります。
定期的にこのスクール内で発表会という形でコンテストもしてますよ。
ー細かくクラス分けされてるんですね。どうやって分けているんですか?
検定があるんです。カリキュラムに沿って、1つのトリックを2トライ。
受からなくて悔しくて泣く子もいますね。それだけ頑張ってる証拠なんですけど。
たまに親御さんの方がアツくなって泣いちゃったりして(笑)
スケートボードが好きで、関わっていたいって人達に仕事としてこういう場があればいいなって。
生粋のスケーターの方からすると、このスクールってお金儲けでしょって言われるかもしれないんですけど、僕たちも大人ですし、家族もあるので、ある程度ビジネスとして捉えなきゃいけないところもある。僕はこの歳までこの業界に関わってしまっているので、ある意味この仕事以外できないっていうか。正直食えないプロって日本は多いじゃないですか。
けれど、スケートボードが好きで、関わっていたいって人達に仕事としてこういう場があればいいなって。
スクールが各地にあればスケートボードで食べていける人も増えますし。
自分がずっと滑り続けていたいっていうのもあるし。
立場的に結構言われてるとは思いますよ(笑)
スケートボードはそういうもんじゃないみたいな。
けど、この世間的に煙たがられていた不良の遊びとか、危険でケガするってイメージとかが少しでもこのスクールで良くなればいいなって思ってます。
僕らの時代はムチャすることでケガが多かったりしたんですが、このスクールでは無理なことはやらせません。
スケートボードとは無縁だった子たちが、スポーツとして始めてくれたり、これをきっかけにいろんな事に興味を持ってくれたら嬉しい。
学校の方ではなかなか人間関係がうまくいかないけど、ここだとみんなスケート好きが集まってるから仲良くやってるという子もいますよ。
ー確かにスクールを見ると学校の授業になりそうな内容でしたね。
そうですね。最終的にはそういう感じになればいいですね。
でもオリンピックの種目になるってそういうことだと思うんですけどね。
ダンスも授業になってるくらいだし。
大事なのはオリンピックの後もこの盛り上がりを定着させることだと思ってます。
上を目指す子達だけに目をかけるんじゃなくて、もっと多くの子たちの底上げをする。
一過性のブームではなく、シーンを安定させないと。
スノーボードもそういう流れがありましたから。
46歳 自分がどこまでできるのかっていうのを、形に残したいって思って。
ー今のスケートシーンってやっぱり変わりましたか?
やっぱりスケートボードがオリンピック種目になってかなり変わったと思います。
遊びからスポーツに変化してきたって感じです。
僕達が始めた時ってスケートっていうとストリートがメインだったんですが、今はパークが増えてきて、スポーツという捉え方になって、さらに教える立場にもなって、ストリートに出づらくなったっていう葛藤はあります。それでも、全くストリートで滑ってないことはないですね。
もちろん人に迷惑かけるところってなると問題あると思いますけど。
実はもうちょっとしたら自分のパートを撮りたいなって思ってるんです。
年齢的にも今46歳なんで、50前までに自分がどこまでできるのかっていうのを、形に残したいって思って。
今の勢いのある若い子達に比べるとスキルなんてないと思うんですが、だから試したいです(笑)
この年齢であえてアールとかじゃなく、ステアとかハンドレールとかにも挑戦したい。
パート撮るってなったらスポット選びが大事だと思うんですが、このオリンピックでどこまでストリートがOKなのかってのも気にはなりますね。
おじさんっぽい考え方になっちゃうかもしれないんですが、コンテストの低年齢化も気になります。
僕らの時代は高校生くらいから大会出るかって感じだったんですけど、今はほとんど小学生じゃないですか。実際勝つのも小中学生だし。
じゃ、なんでそうなるかというと、多分親の援助がありきかなって。
何週間も前から大会が開かれるパークで滑り込んで練習して、滞在費とか、道具とかってなるともう親の援助無しでは無理ですよね。
スノーボードもそうなんです。特設会場とかでその期間だけってのが理想ですよね。
昔はパークなんてそんなに無かったから、何もない場所にセクション持ち込んだりして、みんな同時に練習始めるみたいな。
大人達にももっと出てほしいんですけどね。コンテストそのものを楽しんでほしい。
勝つだけじゃなくて、ただひたすら1つの技だけやってもいい。
子供しか出てないと、やっぱ子供の遊びじゃんってなっちゃう。
僕らの時ってもっとコンテストに遊びがあって面白かったような気もする。
見る技もカブってきちゃって、最初の子がするともう目立たなくなっちゃうっていうか。
だから年齢別で楽しくっていうコンテストをここでやりたいですね。親子で楽しめるような。
ガツガツしたコンテスト以外のコンテストの雰囲気も今の子に経験してみてほしいですね。
ースケートファンへメッセージをお願いします。
立場によってコメントも変わるんですけど(笑)
校長としても、スケーターとしての立場でも、とにかくやりたいことやって、楽しもうってことですね。
けど、迷惑がかからないよう(笑)
どちらの気持ちもよく分かるんです。
ルールも守ってやるのがスポーツ。ルールを取っ払うのが遊び。
自分でも矛盾してるって思うんですけど、スポーツなのか、遊びなのか、それは各自の捉え方で。
スケートボードの形って1つじゃないですから。
山﨑勇亀(1972年8月18日生まれ)
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